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愛しさと切なさとエスプレッソ

パンとマンションが好きな人のブログ

インドネシアの記憶

初めて海外旅行に行ったのは15歳のときだった。

 

高校の入学を控えた少し長い春休みに母と姉と。どういう流れでそうなったのか全く覚えてないのだが、バリ島に1週間というフリープランが多めのパッケージ旅行だったと思う。

ところで母も姉も、もちろん僕も、リゾートや海が特別好きというわけではない。

行かなかった父や兄でさえ、海を好む感じでは無い。今思い返してもなぜ旅慣れない僕の家族がバリ島を選んだのか、全くわからないのである。

 

デンパサール空港に着き、飛行機から降りた時の香辛料の香りはよく覚えている。日本のどこにいても嗅いだことのない匂いだった。

バリ島のホテルに着きチェックインをした後、僕は部屋にトロピカルな色合いの飲み物が置いてあるのに気づいた。

「ウェルカムドリンクだね」と母か姉が言ったと思う。ウェルカムドリンク!聞きなれない言葉の響きに僕は興奮した。移動の疲れも手伝って僕は一気にそれを飲み干し、そしてしばらくして激しく下痢をした。

ウェルカムと言いながらも下痢を負わせるトロピカルドリンク。彼らのやり方は早よ帰れという意味を込めてぶぶ漬けを勧める京都人とどこか似ているかも知れない。

 

とにかくその後3日くらいはホテルのトイレの壁が僕にとってのバリ島の景色だった。

下痢だけでなく高熱も出た。寝ている時に聞いたのは、スコールの雨の音とヤモリの鳴き声だった。そして時々、1階にあったプールからの日本人観光客の声が聞こえてきた。

 

僕たちの泊まっていたホテルには日本人のグループが他にも宿泊していた。僕の部屋の隣にはそのグループの何人かが泊まっていた。初日はかなり賑やかに声が聞こえていたのだが、日を追うごとにそのグループの声は聞こえなくなっていった。

ホラーのようにも聞こえるが、後にその事について母は

「隣の人たちも水に当たって体調崩したみたいよ。」

と言っていた。その時僕はその言葉を信じたのだけど、母は自分の憶測をあたかも事実かのように話す癖があるので、それが本当かどうかは分からない。

 

ようやく体調が戻ってきた頃、まだ観光が全くできていない僕を不憫に思ったのだろう。母はホテルが斡旋するオプショナルツアーに姉と僕を連れて行った。ツアー先のガイドは下痢でやつれた僕を労わってなのか、ものすごく優しかった。

バリ島の伝統的な踊りを見た翌日、今度は姉が体調を崩した。姉も初日に弟が下痢でダウンしたりで疲れていたのだろう。その日はキンタマーニ高原という所に行く予定だったのだが

「KINTAMA高原なんて行かない!」と姉は言い、結局母と2人で行く事になった。

ところで僕は高原の景色をほとんど覚えていない。それよりも姉があんなにも明瞭にKINTAMAと発音した事の方が衝撃だった。なにしろ僕はたったの15歳だったのだ。

 

水当たりを起こしてからはすっかり水に敏感になっていたため、日本に帰った時は水道水が飲めることのありがたさが身にしみた。

先日タイから帰ってきた時は日本の無味無臭な空港がつまらなく感じたが、当時はそれが清潔な香りのように感じられた。

僕は帰宅するなり水道の蛇口を勢いよくひねった。いかにも消毒されていますといったような塩素の匂いを心地よく感じながら、喉を鳴らして何度も飲んだ。