母が東京に遊びに来た。
僕の新居に遊びに来たのだ。
母は4泊ほどして帰っていった。
その間、母はご飯を作ってくれて、夜には姉と兄を家に呼んで4人でご飯を食べたりした。
朝起きるとパンと卵とレタスのサラダなどが用意してあり、甘い匂いのするコーヒーを一緒に飲んだ。
慌ただしく家を出るいつもの朝よりゆったりとしていた。
食べ終わると、今日の夜は唐揚げを作るからと、鶏肉を醤油に浸け始めた。
仕事を終えた後にご飯の支度をするのはとてもとても大変だ。何を作ればいいのか考える時点で既に面倒くさくなっている僕にとって、帰ったらご飯が出来ている状態は大変ありがたい。
その日は唐揚げを楽しみに早く帰った。
休日は姉と母とで上野の博物館に行った。深海の生物についての展示だった。僕と姉はすぐに飽きて「うわ、気持ち悪い」とか「うわ、光ってる」など見たままの感想を述べ合った。
母は興味があったようで熱心に見ていたが、足が疲れたようで家に帰り、近所でラーメンを食べた。「田舎には美味しいラーメン屋が無いのよ」という母の説を何度か聞き、そうですかそうですかと3人でラーメンを啜った。
母は時々僕の恋人について尋ねる。「〇〇ちゃんは元気にしてるの」とかその程度だが。
以前「彼氏がー」と話をしていたら、どうも僕が「彼氏」と言うのに母は馴染めなかったようだったので、それ以来〇〇ちゃん(普段の呼び名)で母に伝えている。そして〇〇ちゃんは大抵の場合元気である。
しばらくの滞在の後、母は美味しいラーメン屋が無い田舎に帰った。
1人になった家は寂しかった。元の状態に戻っただけなのに。
実家で暮らしていた頃の感じが、自分の家にほんのり漂っていた。
「〇〇ちゃんも一緒に田舎に遊びに来たらいいよ」と母は言う。
大抵元気な〇〇ちゃんに、一度会わせてもいいかなと思う。
そう思いながら、乾燥機から出したシーツを、シワを伸ばしながらベッドにかけた。
責任から逃れ、人との衝突を避け、意思を出さずに生きてきたら案の定何者にもなれなかったけど、僕にしては上出来かも知れない。
僕は恐らく運が良かったのだろう。