愛しさと切なさとエスプレッソ

パンとマンションが好きな人のブログ

世界はそれを世間と呼ぶんだぜ

ピアノのレッスンを受け終えて外に出ると、ベンチコートを着たお兄さんが居酒屋の客引きをしていた。駅に向かう交差点の信号待ちで人が集まり、お兄さんが既に酔っていそうな集団や2人組に声をかける。先日降った雪がまだ残る寒い日だけど、メニューを持つお兄さんの足元はサンダルだった。

 木曜の夜がピアノのレッスンだ。木曜は仕事の疲れが溜まる頃で、僕は早く帰ってご飯食べて寝たいとか考えているのだけど、周りを見渡すとそんな疲れの様子も見えない楽しそうな集団が沢山あるなと思う。僕のように1人で歩いている人も沢山いるけれど、信号待ちの歩道はあちこちから集まる楽しそうな集団で埋め尽くされた。

 客引きのお兄さんは1人の僕を素通りして集団の方へ声をかけにいく。寒そうだなとか、客引きしないといけないくらいだから大したメニューじゃないだろうなとか、そんな事を考えていると信号はようやく青に変わる。早く帰りたいなあ。

 

信号待ちの集団に囲まれている時に、お兄さんが素通りする時に、もしかして自分って寂しい人なのかなと思う。寂しいと思う事なんてほとんど無いのに。夕方に眠ってしまって、夜の遅い時間に蛍光灯の眩しさで目が覚めた時のやりきれない気持ちは、寂しいに少し似ているけれど。何か満たされない気持ちで夜更かしをしてしまうのも、寂しいに少し似ているけれど。もしかしてそれが寂しいという事だろうか。

分かっているのは僕がその時「寂しくて嫌だな」ではなくて「寂しい人だと思われたら嫌だな」と感じていた事だ。一体誰から?

簡単に言えばクソみたいな感覚だなと思う。

 

先日転職エージェントと面談をした。

「仕事に割く時間をなるべく減らしたい。拘束時間を減らしたいし、通勤時間も減らしたい。出来るなら満員電車で消耗したくないし、勤務形態は単発の派遣でも構わない」

そんな旨をエージェントに相談したら「正社員の方がキャリアが・・・、この先結婚して誰かを養う立場になったら・・・、派遣は今はいいけどこの先が・・・。」

などと、ひどく尤もな答えが返ってきた。まあそう言うだろうね、って感じ。ところで結婚云々についてはこのご時世、ナントカハラスメントになりそうである。

「10年正社員で働いたけど何かキャリアを積んだ気はしないし、結婚はする予定ないし、なにしろ仕事に割く時間を減らしたい。」

などと年下のエージェントに説明しながら、途中から説明が面倒になってきた。正社員→結婚→誰かを養うというパターンが、28歳のエージェントの中に確固としてありそうだったからだ。僕は単に労働意欲に欠ける応募者と捉えられただろう。(まあ間違っても無いけれど)

仕方がないのでエージェントの前職や、結婚の予定について質問し、面談の時間は終了した。彼の前職は鎌倉の人力車の車夫、結婚の予定は未定、趣味はブレイクダンスとの事。彼の語りは柔らかく滑らか。淀み無く出てくる言葉は僕に、彼のキラキラとした未来を想像させた。

 

面談の帰り道、やっぱり社員で働いてた方がいいのかなと思った。

寂しくないと言いながら、寂しく見られる事を恐れているように、正規雇用にこだわらないと言いながら、どう見られるかを恐れている。

見られるって一体誰から。