愛しさと切なさとエスプレッソ

パンとマンションが好きな人のブログ

ブルー

皮膚科での生検を終え、処置後の感染予防として抗生物質が処方された。セファクロルが3日分。ブルーのカプセル。秋葉原の皮膚科で処方されていたトコフェロールも継続となった。

生検の翌日、僕の足に分厚く覆われたガーゼを剥がそうとしたら、テープの粘着力が思いの外強くて苦労した。ベリベリとテープは僕の体毛を巻き込んで剥がれ、現れた僕の足は黒い糸でジグザグと縫われていた。チョンチョンとふくらはぎから飛び出す黒い糸。それは患部から太い毛が生えているようにも見えた。

 

後日抜糸のため通院。そしてさらに後日に診察。(働きながら通院するのって本当に大変)再診だからか、あまり待たされずに診察に呼ばれた。初めに診てもらったDrは忙しいのか、若い女性のDrが僕の担当になったようだった。先生は僕の抜糸の跡を確認し、それでは検査の結果をお伝えしますと複写式の紙を取り出した。うつむく先生の白衣の肩にはローマ字で名前が刺繍されていて、それは診察室に掲げられた先生の苗字とは異なっていた。恐らく先生は最近結婚したのだろう。肌トラブルとは無縁そうな綺麗な先生だった。

先生は検査結果について皮膚の簡単な構造を書きながら説明し始めた。表皮、真皮、毛細血管、脂肪組織、動脈。高校の生物で習ったような皮膚の簡単な図。それに炎症の箇所について説明したのち、診断名を図の下に記入した。聞き慣れない名前だった。

炎症がどこに起きているのか、皮膚以外に炎症がないかどうか、さらに検査が必要なようだった。先生は今度CTを撮りましょうと言い、僕はCT検査に使用する造影剤のアレルギーについて説明を受けた。僕は少しの間だけ循環器病院で働いていた事があった(主任が同僚を殴っているのを見てすぐ辞めた)が、CTを受けるのは初めてだ。僕はメトホルミンは飲んでないし、花粉症も喘息もないからソルコーテフも必要無いだろう。検査の同意書を記入すると先生はCTの予約で確認する事があるのか、席を外した。

僕は先生が診察室からいなくなってから、先ほどの診断名を検索した。すると思ったよりややこしい事が書いてあった。病気の説明はいつだってややこしい事が書いてあるけれど、それにしてもややこしそうだった。車のハンドルを握るだけで事故の事を考える僕にとって、不安を煽るに十分なものだった。

しばらくして先生が戻り、僕は携帯をポケットに入れる。先生は複写式の紙の1枚目を剥がし、先ほどの図と診断名がブルーで描かれたものを僕に渡した。

僕は先生に尋ねる。きちんと検査をして、診断が得られたのが良かったのかどうか。だってこんなに不安な気持ちになるんだったら、知らないまま気楽に過ごせた方が良かったよねと思ってしまうから。しかし返ってきた先生の答えは至極真っ当なものだった。つまり検査を受けて良かったと。僕は物分かりの良い人のように振る舞ったけれど、心の中で反発していた。先生が綺麗で幸せそうだったから尚更に。

診察は30分くらい。大学病院の外来診察にしてはかなり長い。 次の診察の人を待たせて申し訳ない気持ちになりながら僕は診察室を出た。

ブルーで複写された診断名をもう一度調べる。やはりややこしそうである。治療のガイドラインや疾患の特徴、診断基準、ブログなどが出てきて真剣にそれに目を通した。見れば見るほど不安になるので携帯をしまうが、やはり気になってまた調べるというのを繰り返した。おそらく僕の場合はかなり軽度(症状が皮膚に限局しているなら軽度。他に炎症が無いかどうか確かめるためにCTを撮るようだった)と思われたが、それでも不安だった。

広い大学病院を見渡すと、当然の事ながら見渡す限り病人がいた。大なり小なり、病気で苦しむ人のなんて多い事だろう。気づけば僕は見知らぬ病人たちの心に寄り添い始めていた。

綺麗で大きな病院の外に出ると小雨が降っていた。僕は着古したパタゴニアのジャケットのフードをかぶった。