愛しさと切なさとエスプレッソ

パンとマンションが好きな人のブログ

検査結果が出る前日、正直少し眠れなかった。

「肉腫かも知れないから」

と4月に言われて「国立」とか「研究」とか堅苦しい名前の病院に紹介となった時はやや濃いめの絶望があったし、その可能性について考える事はこの先の生き方について考える事と同じだった。

この数ヶ月は検査ばかりしていた。彼氏には「病院のスタンプラリーやな」と言われ、全然面白くなくてデリカシーの無い冗談に腹を立てたりした。検査も内容によってはかなり高額なので、限度額適用認定証を申請した。それにしても限度額以上には自己負担がかからないなんて日本の健康保険って超優秀。国民皆保険制度って素晴らしいよ。ありがとう。医療費削減のためにジェネリック医薬品推進します。無駄な医療費は減らし、優れた保険制度を維持していきましょう。

結局診断が出るまでは何度かの採血採尿に加え、心電図もCTもMRIもPETもシンチも生検も尿道カメラもやった。これが彼氏の言うスタンプラリーなら豪華な景品が貰えても良さそうである。そして検査結果の出る日、診察室に入り医師から告げられた診断は「傍神経節腫」というものだった。副腎にできる褐色細胞腫という病気があるが、副腎外に発生するものを傍神経節腫と呼ぶのだそうだ。

「手術の予定が詰まっているので8月の頭くらいに手術しましょう。手術前に内服薬を開始してね。血圧を落ち着かせてから手術です。手術は開腹。おへその下から恥骨のあたりまで切るからね。」

と先生から説明があった。僕は腹腔鏡での手術が良かったのだが、腫瘍が発生している箇所が2つある事と、術中に出血があった場合の対処できるのは開腹とのことだった。僕はへその下からの恥骨部までの傷を想像した。傷跡はまあまあ残るだろう。水着を着る事なんてほとんど無いくせに水着になれないなぁと思った。 

「膀胱の傍に腫瘍があるからね、開腹しないとわからないけど場合によっては膀胱を切るかも知れません。または取る事になるかも。取る場合は腸を持ってきて膀胱を作ります。膀胱ガンの時によくやる処置なんだけど」

膀胱を取れば尿意がなくなるので定期的にトイレに行かないとならない。そして腹圧で排尿する事になる。僕はできるだけ膀胱を残してと先生にお願いした。

 

僕はようやく診断が出た事にほっとした。膀胱を取る、というのもあくまで可能性の話であろう。肉腫かも知れないと言われた時のように。僕は病院を出た後、通院している事をずっと隠していた母親に電話した。母は心配性で気分屋であるために、診断がきちんと出るまでは内緒にしていた。実はね、通院しててね、CTで腫瘍が見つかってね、血圧が高くて汗っかきなのはそのせいだったみたいでね、今度開腹で手術だよ、と電話した。開腹で手術のところで母は

「あらやだ、水着になれないじゃない。なんちゃって」

と言っていて、先ほどの僕の感想と同じだった。僕は母と、どうしようもう海に行けないねなどと話した。数百kmの距離を隔てて交わされる下らない会話。外はよく晴れていて、足早に歩く人が何人も僕の横を通り過ぎていった。